宮崎県延岡市北浦町にあるオルタナティブスクール。海・山と大自然に囲まれたロケーションで、自分らしく、生きる力を育みます。<不登校・育児相談・教育相談>

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初めまして。「学び舎ヒノワ(陽の環)」のアッキーです。

2022年07月19日

宮崎県延岡市北浦町のオルタナティブスクール・フリースクール「学び舎ヒノワ(陽の環)」のアッキーです。

学び舎ヒノワ(陽の環)は、公教育に合わないお子さんや公教育と違った学び方をしたいお子さんを受け入れ、どんな過ごし方が良いのか、どのような学び方がいいのかを一人一人見つめながら、日々活動をしています。

子ども達のための「学校」であると共に、自然と共に生きる生き方、暮らし方も提案できる場を目指しています。日本人の昔ながらの生活に近づけようと、田畑で農薬や肥料を使わずに植物を育て、食べ物を整え、発酵食品や保存食を作り、自然や人間本来の力を信じて、人間にもなるべく薬や肥料に値するものを使わないようにと心がけています。

★学び舎ヒノワ(陽の環)を始める〜気づきと移住〜

私は小学校教諭として、福岡県、神戸市で長年働いてきました。

仕事の中で、公教育での学びにくさを感じているお子さん、学校に行きにくいお子さんの様子を見させていただき、お子さんや保護者の方々から学校で学ぶことへの苦しさ、行きにくくなった時の話などを聞かせていただいていました。そして、自分の息子も学校に合わず、苦登校や不登校状態を経験。「発達障害」について考えたり、子ども達への精神薬について考える機会もあり、教員として、親として学び多き時期を過ごしました。

その一方で、家族の精神的な不調による死をきっかけに、精神医療から医療への疑問を持ち、食の安全についても考えるようになりました。薬に頼る前に、食べ物や考え方で改善できることが多いのではないか。安全で安心な食べ物を探すうちに、自然農にも興味を持ち、マンションのベランダでプランター栽培を始めました。医療と自然農の学びを進めていくうちに、教育との共通点に気付きました。薬や肥料に当てはまるものを使わない教育が本来の教育ではないか。

大人が管理しすぎ、すっかり弱くなってきた子ども達。個性が強いと「発達障害」と診断され、特別な目で見られる。ここにも強い疑問を抱き始めました。

食べ物を整え、自然農を学びながら、いずれ子どもにとっての「自然な育ち」ができる学校を作ってみたいと夢を描くようになりました。

そんな中、元気だった母が体調を崩し、病院で大量投薬を受け1ヶ月で死去。大量投薬の跡が残る母の姿を見て、また…との強い後悔。最初の家族は無知だったため、2回目は離れすぎていたため、家族を見守ることができなかった、と怒りは自分にも向かいました。残った父の生活は近くで見守りたいと強く思い、中学と高校を卒業する子ども達の応援を得て、神戸から宮崎へ移ることを決心。

いずれは自然豊かな移住をしたいと願っていた夢も実現するため、延岡市近郊で自然豊かな地を探し、子どもの時には行ったことのなかった北浦町を選びました。北浦町の温かな気候と、海あり、山あり、川あり、漁港ありの豊かな自然に魅かれました。

★学び舎ヒノワ(陽の環)プレオープン

このような自然に恵まれた環境での生活を楽しみながら、いずれは公教育と違う学び方をする学校を始めることを夢見ていましたが、令和2年4月に延岡に来て驚いたことがありました。

延岡…と言うよりも宮崎県には、オルタナティブスクールどころか、不登校のお子さんや保護者の方が行く場所さえほとんど見つからないという現状でした。学校に行けない、行っていても苦しい思いをしている子どもさんと、その保護者の方々が休憩する場所も、情報を共有する場もなく、公教育と違った学び方を希望していてもその場所が極端に少ない。希望する子どもは、他県にある学校へ行っているとの現状も知りました。

それでは困るだろうと、その時は午前中は公立小学校で仕事をしていましたが、急遽、令和2年10月に生活の場としていて借りていた借家を片付け、「学び舎ヒノワ(陽の環)」としてプレオープンしました。和室が4つと台所だけの小さな家に、家族の荷物もあり、使えるのは和室6畳二間。開けられるのは午後から半日だけ。それでも居場所は一つでも多いほうがいいとの強く思ったからです。

その際、使いにくい場所2ケ所に手を加えました。
ヒノワは借家ですが、持ち主の方が改修する資金はないけれど、家は自由に改修してもいいとの許可も得ました。

【改修①】カーポートの設置

ヒノワの家のまわりは水捌けが悪く、雨が降ると家の回りは水びたしになりなります。車からの乗り降りが不便なので,カーポートを設置しました。

【改修②】暗くて怖い汲み取りトイレを→明るく浄化槽付きの水洗トイレへ

借家のトイレは汲み取りで、暗くて怖い場所でした。私が使うのを躊躇するほどでした。水洗にするか、汲み取りのままにする迷いましたが、トイレは使いやすく、ほっとする場所にしたい、生活排水がそのまま溝に流れる環境で、田畑が広がる家の周りの水を汚したくない、との思いで浄化槽を付けることにしました。持ち家なら半額ほど補助金が出るとのことでしたが、借家なので約200万円の費用は全額負担しました。

最低限の改修をしてヒノワプレオープン。

フリースクールとしての日常の活動をしながら、

〇自然農を伝える三浦伸章さんのガッテン農法セミナー

〇自転車で地球を6週半して分かったことを伝える松本英揮さんのスライドショー

〇農作業体験と野外での羽釜料理

〇他のフリースクールやオルタナティブスクールの方との交流と情報収集

などの活動もしていきました。コロナ渦で限られた活動でしたが、ここでつながった方々、地域で見守ってくださる方々とのご縁も少しづつできていきました。

★ヒノワオープン

令和3年4月からは朝から夕方まで、週3日の活動をすることにしました。

公立学校での仕事は週に1日2時間だけ。ひとり親で下の娘が高校生、という状況での主軸の収入を減らすことには覚悟が要ります。無償で貸していただける畑を耕し、漁港近くで新鮮でお安い魚を手に入れられる環境にあり、何とかなると自分の生活の軸足をヒノワへ。

在籍1名でのヒノワスタートです。

ヒノワを手伝う息子に、一人のヒノワっ子と丁寧に向き合おう、どのように接し、どのように環境を整えれば子どもの力が出せるのか、じっくり考えようと話し合いを重ねました。言葉かけ、自分の出す雰囲気、活動に使うもの。一つ一つを考え、より良くするにはどうしたらよいのか、と考え続けました。

その際に、不登校状態を経験し、母や大人の出すマイナスオーラに傷つき続けていた息子の感覚は貴重です。

改めて、子どもの気持ちを教えてもらいました。

「不登校」の状態を苦しんでヒノワに来るお子さんや保護者の方は、おおむね硬い表情をして来られます。
ヒノワでのんびり過ごしてもらい、保護者の方には揺れる気持ちを話してもらい、子どもはただひたすら遊ぶ。表情が和らぎ、子どもの声や動きが大きくなり、帰るころには保護者の方は笑顔になり、子どもも元気に手を振ったり、帰りたくないと拗ねたりしながら帰っていく。そんな姿を見せていただけると、ありがたく思えます。

ヒノワの存在が知られるにつれ、相談者・見学者が増え、聞かせていただく内容も多岐に及んできました。

公教育に疑問をもち、公立学校に行かずヒノワだけで学ぶお子さんも入ってきています。

★ヒノワっ子の変化

学び舎ヒノワ(陽の環)で学んできた子ども達。

ヒノワでは朝一番に掃除をします。基本は雑巾を絞り、拭きあげる。そうじきは使わず、箒で掃きます。

掃除が終わると、その日の活動について話し合います。したいことを出し合い、スタッフからも今日はこんなことをしたいと提案し、まとめて順番を決めます。

農作物がどんどん大きくなる時や米作りの時期は、田畑の作業が増え、農閑期には味噌仕込みなど保存食を作ったり、探検に出かけたり。

近くに養鶏や畜産の農家さんもおられるので、植物だけでなく、動物を育てる仕事を見ることもできます。

子ども達は植物や動物に詳しくなり、地元の方々に挨拶をしては声をかけていただき、コミュニケーションを取り、知り合いを増やしています。

このような経験を積み重ね、自分のしたいことを見つけることができらようになり、自分の嫌なことも伝えられる。やり続けたいことを見つけていく力をつけていっています。

★ヒノワの課題・問題

利用者が増えてきて、活動の範囲も広がってきたヒノワですが、もともと普通の家。

当然施設・設備の面での課題が出てきています。

①地震による瓦崩落

令和4年1月22日深夜、寝静まっているところに突然激しい揺れが。
揺れが収まった後に外に出てみると瓦が落ちていました。
朝になって確認すると、屋根を止めている斜めの部分が4か所のうち2か所滑り落ち、瓦が散乱。屋根の一番上から瓦がずれているのが分かりました。

修理をしてくださる家主さん、保険に入っていなかったそうで資金不足。子ども達が過ごす場での危険は一日も早く解消したいもの。ヒノワが家賃1年分を前納することで半分負担することで修理が可能となりましたが、次に修理が必要な時には、どうなる⁉

②物置小屋

オープン時に新設したカーポートですが、耕す畑が広がり、米作りも始め、農作業用の道具が増えました。ヒノワっ子も増えて、道具をみんなが持てるように…と数も増えました。
竈を作っていただき、羽釜ご飯を炊いたり、炭火で地元の魚を焼いて食べるようになると、薪や隣町で知り合いが生産している備長炭が増え、せっかくだからと、昔ながらの木製の蒸し器や唐箕も。
全てが濡らしたくなく、カーポート下はそれらの保管庫となり、車だけでなく、道具も入らない状態に。

昨年11月から、ボランティアスタッフやお手伝いの方を頼み、小屋作りを進めていただいていましたが、思っていたより大きなものとなり、安全性や耐久性を考えると、あの作業も、この作業もと作業が煩雑になり、なかなか終わらない。材料代、木材は高騰し、費用が嵩む。そうしている間にも物が増えて濡れてほしくないものが度々濡れる事態となり、このままでは梅雨入りまでに完成しないかもしれない、ということで急遽プロに頼むことに。プロの仕事はさすがです。早くて綺麗。途中から木材の寄付もいただき、思っていたよりも追加費用は少なくなりそうですが、もともとの資金不足がさらに嵩んでいます。

③キッチンスペース

食の安心・安全にこだわっているヒノワ。
野菜・お米・卵はできるだけ自給しております。

野菜作りは神戸に住んでいる時、ガッテン農法の三浦伸章先生の月一回の講座を3年間学びました。

マンションのベランダでプランター栽培、職場の小さな学習園でねじねじを埋めて自然栽培。ささやかに植物を育てていました。
延岡に移住してからはヒノワ周辺に畑もお借りし、四季の移ろいを感じ癒されながら畑仕事をしています。

畑は子どもたちの貴重な学びの場にもなっています。 一緒に畑を耕し、土の匂いや硬さ、植物や生き物の様子を見ながら、何か感じ取ってもらいたいと願っています。

収穫は、イノシシやシカに差し上げてしまったり、草に埋まってしまったり様々ですが、少なくても頂けた野菜に感謝。
昨秋、草刈り?要員として、黒ヤギの丹波黒豆が仲間入りしました。

なかなかやんちゃで、自分を人だと思っている様子の丹波黒豆、ヒノワの重要なスタッフとしての働きを期待しています。

お米作りは昨年からスタートしました。

したいという気持ちはあったけれども、正に右も左もわからず動けない状態。

ところが周りが田植え始めているであろう6月に、お米農家さんと話し機会があり、

「お米作りたいけど、作り方わからないんです。」
「じゃあ、僕教えるんでやりましょう!」

といとも簡単に自然農のお米作りすることが決定。
一ヵ月遅れながらもスタートさせました。

籾まき・田植え・除草・稲刈りなどほとんど初体験。
稲の成長過程で農家さんのアドバイスを受けながら、少ないながらも無事収穫をすることができました。

今年はより昔の米作りのスタイルに近づけるために、機械をなるだけ使わない米作りを実践します。

卵は米作りをアドバイスしてくださった農家さんより鶏を提供してもらいスタート。
ヒノワのある場所は魚がたくさん捕れる北浦。
餌の一部は、近くに店でただ同然で魚のアラなど。あと食材の残渣、自家精米で出た米ぬかなど。
濃厚で美味しい卵を産んでくれて、生ごみ削減にも貢献してくれています。
鶏糞は畑に入れることで資源を循環させています。

また、味噌仕込みや梅干しや漬物作り、発酵調味料も作っています。
また買う食材は無農薬のものや、添加物に注意しながら厳選しています。

食材にこだわっていますが、子ども達に食べさせるための調理するスペースが足りません。
また子ども達と一緒に調理もしたいのですが、これもできる広さや設備がありません。

子ども達に安心安全な食べ物を食べてもらいたい、また自分で作る体験を重ねて、自然からいただいた食べ物を調理する楽しみ、食材からいただけるエネルギーを感じて欲しく、キッチンスペースの拡張を予定しております。

④送迎車

希望者には子どもの送迎をしていますが、現在5人乗りの自家用車を使用しており、手狭になっています。
みんなで出かけたい時に車が足りず、車で出かける回数が減ってしまいました。
また車が一台しかないことで、業務にも支障が出ることあります。
送迎用・活動用の中古車を購入したいと思っています。

★最後に

ヒノワでは、子どもがもっている力を信じ、引き出すことを目的とする教育を目指しています。

そのためには、「不登校」「発達障害」「困った子」との視線を浴びて、社会的な外因により心身が疲れている親子を癒す場も必要です。

そのためには、なるべく自然を活かした豊かな環境整備が必要となります。

一人でも多くの子どもが、自分らしい学びができるよう応援をお願いします。

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学び舎ヒノワ(陽の環)は
生き方、暮らし方を学ぶ場。
公教育と違う学びをしたい
生きる力をつけたい
と願う人のためのコミュニティです。
宮崎県延岡市北浦町古江463-2
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