NPO法人 熊本オルタナティブ教育協会
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全中学校の設置目指し、岡崎市が校内フリースクール「F組」を増やす訳長期欠席者の増加率抑制、減少傾向の学校も
2020年度、愛知県岡崎市は、市内の公立中学校にあった校内適応指導教室を発展的に解消し、「F組」と呼ばれる校内フリースクールを3校に設置した。一部の学校では長期欠席者が減少傾向にあるなど確かな手応えがあったことから増設を続けており、来年23年度には全20中学校で展開する目標を掲げている。県内だけでなく県外からも視察が増えているという、F組の取り組みや生徒の変化などについて取材した。
校内フリースクールの設置で長期欠席者の増加を抑制
Fit、Free、Fun、Futureの頭文字を取った「F組」。愛知県岡崎市が、長期欠席者や集団になじめない子などに個別最適な学びの場を保障し、多様な教育機会を確保するために設置した校内フリースクールだ。
県教育委員会主導で校内フリースクールの設置を広げる広島県の取り組みなども参考に、2020年度に3校でスタート。21年度に5校増設、22年度には6校が加わり計14校に設置された。市内の中学校は全部で20校なので、7割の学校で整備が進んだことになる。
「21年度時点で非設置の12校も、不登校生がいない1校を除いて残り11校はすべて設置を希望しました。予算の関係で22年度の新規設置は6校に絞られましたが、選外となった5校では保護者からもF組の設置を望む声が多く上がっており、23年度には市内全中学校にF組を整備する予定です」(岡崎市教育委員会 教育相談センター所長の小田英宣氏)
増設が続くのは、やはり成果が出ているからだ。F組設置校は非設置校に比べ、長期欠席者の増加率が抑制されており、21年度新設校5校のうち2校は19年度に比べ長期欠席者が減少傾向にある。
また、市の適応指導教室と在籍学級との「段差軽減」にもつながっているという。
「在籍学級に通えなくなった子にとって、適応指導教室に行くことは1段階『落ちる』感覚なんです。その段差はとても大きく、在籍学級に戻ることを難しくしていました。ですが、在籍学級と並列関係にあるという位置づけで多様性を認めるF組ができてから、校外にある市の適応指導教室、在籍学級、F組の3つを併用する生徒が増えました。自分の居場所を選びやすくなったのではないかと思います」(小田氏)
登録利用の生徒だけでなく、「ちょっと疲れたから3日間だけF組に行って、また在籍学級に戻る」という使い方をする生徒も受け入れる。F組と在籍学級を気軽に行き来できることが、不登校の未然防止にもつながっているようだ。
「そんなF組の様子や支援・指導のあり方を目の当たりにした教員の意識が変わり、在籍学級の支援や指導の態勢も変化してきています」と小田氏は話す。市内では、F組を参考に、独自に校内の居場所づくりを始める公立小学校も増えているという。
F組の理念を具現化するため「ヒト・モノ・コトで環境改革」
F組の理念は、下記の5つだ。「とくに1と2の理念の浸透が、成果を生んでいるカギ」だと小田氏は言う。
2:通常学級と同じ、1つの学級として扱う
3:多様性を受け入れられる、校内でも信頼の厚いエース級の教員を担任に置く
4:いつでも生徒たちを温かく迎える支援員を配置(市の予算で採用)
5:教室復帰ではなく社会的自立を目指す
この理念を実現するために同市がF組で取り組んでいるのが、「環境」の改革だ。「ヒト・モノ・コト」の切り口で環境を整備している。2021年度からF組を設置した岡崎市立美川中学校(以下、美川中)の例を見てみよう。
「ヒト」の改革は前述のとおり、エース級の担任と支援員を中心とした支援体制の構築だ。支援員は元教員や元教員補助者など、子どもの理解に努め援助できる人材を市の予算で採用している。だが、F組の担任は定数配置の教員が受け持っており、加配はされていない。
例えば美川中では、F組の担任は数学の教員が担っているが、F組の教室にいる時間を確保するため、通常の教科時間数をできるだけ少なくし、本来持つべき時間はほかの数学の先生たちが少しずつカバーしている。
役割のイメージとしては、F組の担任が活動や学習のコーディネーターで、支援員がファシリテーター、そのほかの教員はエスコートランナー。そして随時、スクールカウンセラーや養護教諭がサポートに入る。
「少予算かつ少人員をこうした『チーム学校』の力でカバーし、F組という温かい居場所づくりをしているのが岡崎市スタイルです」と、同中学校校長の安藤眞樹氏は説明する。
また、学校には、体育館や音楽室などの専門施設と各教科の専門家がそろっていて、1人1台端末も行き渡っている。この学校ならではの資源を組み合わせてフル活用できるのが、校内にあるF組の大きなメリットだと安藤氏は言う。
「例えば、体育大会の学年合同演技のダンスを体育の先生が個別に教えに来てくれて、F組の生徒がほかの生徒と一緒にこの表現種目に参加することができました。2年生のある子は学び直しを希望し、1年生の数学の授業をオンラインで受けました。ほかにもいろいろな実例があります」(安藤氏)
また、「モノ」の改革のため、F組を新設する学校は初年度に約30万円が支給される。生徒がリラックスして過ごせる空間づくりのための予算だ。談話用のテーブルやパーティションなどを活用して教室づくりを工夫する。活動を充実させるアイテムも置いており、美川中ではカードゲームや電子ピアノ、UVレジン、生き物などもそろえている。
教室そのものも、通常学級と同じように開設する。美川中では、校内に適応指導教室があったときはなるべく教室の様子が見えないように廊下側の窓のカーテンを閉めていたが、F組ではそのカーテンを取り外した。「生徒たちも2週間ほどですぐに慣れました。堂々とここへ来ていいんだという雰囲気づくりが大事なんだなと実感しています」と安藤氏は話す。
「コト」の改革とは、個を大切にした教育課程や個別支援計画によるサポートだ。例えば、基本的には1日の取り組みや時間割は生徒自身が決める。
また、生徒の世界観を広げる支援やキャリア教育も行う。美川中は昨年度、地元企業や地域人材の力を借りてプログラミングやUVレジン作りなど各種ワークショップを実施。長期欠席の経験があるプロのハープ奏者を招き、演奏会と自らの体験を語ってもらう講演会も開いた。
「こうした毎日の自己決定や、社会的自立につながるような機会により、生徒たちの自己肯定感は育まれているのではと思います」(安藤氏)
課題は理念の浸透、すべての学級に多様性を
しかし、いくら環境を整備しても、在籍学級との段差意識は簡単にはなくならない。「みんなが受ける授業を受けずに楽をしている」、アイスブレークの一環として行うゲームを「遊んでばかりいる」と捉える教員、生徒、保護者は少なからずいる。そのため、同市は「人の心」の改革にも取り組む。本人、職員、周囲(生徒、保護者、地域)の意識を変えるということだが、とくに大切なのが「校長による理念の浸透」だと小田氏は言う。
安藤氏の場合、F組を開設した4月の段階から、職員室や入学式の式辞で趣旨や理念を伝え、「校長室だより」は保護者だけでなく地域の民生委員にも配布するなど周知を徹底した。F組は「心の保健室」だという認識を内外で共有することを意識した結果、F組を利用する生徒にはさまざまな成長が見られたという。
例えば、コロナ禍で新入生説明会が開催できなかった際は、学校紹介ビデオをF組が意欲的に制作。在籍学級になじめなかった体験に基づき「うまく学校生活を送るコツ」なども盛り込んでくれたという。
また、共に時間を過ごした3年生の卒業に際しては、音楽が得意な在校生が中心になり、オリジナルの歌をプレゼントした。作詞、作曲、演奏、歌唱、動画制作とすべて在校生が担当したという。
「F組は教室復帰を目指していませんが、自信がついた子は自ら在籍学級に行きます。『修学旅行の話し合いに顔を出してきます』と学級活動に参加できた子は、実際に修学旅行にも行けました。F組と在籍学級の間に“段差”がないからこその結果です」(安藤氏)
また、F組を利用するのは、長期欠席者だけではない。美川中では、外国にルーツがあって日本語の理解が心もとない生徒に対する学習支援も行っている。
「F組の生徒が率先して、日本語を教えている姿もよく見かけます。パティシエになりたいという夢を持っていたある外国籍の生徒は、通常学級の先生たちによる作文・面接対策などの指導と生徒たちのサポートがあったことで、専門学校に無事入学することができました」(安藤氏)
このような生徒たちの姿を保護者に伝えるため、定期的にF組懇談会を開催するほか、F組独自の通知表も作っている。通知表はF組で行った学習や活動内容を記述するもので、5段階評価はしない。自分を客観視することが大切なので、生徒自身が振り返りを記入できるスペースも設けているという。
成果が出ている一方で課題もある。それは理念の浸透だ。ここは、F組設置校の中でも差が出てしまうところだという。
「今後は先生方の研修も充実させるつもりです。また、F組の担任がF組のよさ、つまり個別最適な学びに軸を置いた学級運営の魅力を、通常学級の先生方に伝え切れるかどうかも大きなカギだと思っています」(小田氏)
目指すのは、F組が各学級のトップランナーになることだ。そうすれば、「すべての学級で多様性が生まれる」と小田氏は考える。「F組にも通常学級にも、発達に特性のある子がいます。理念の浸透は、本校職員や岡崎の教員にとって、そういった子どもたちの理解にもつながるはず」と安藤氏も語る。
校内フリースクールは、広島県や神奈川県横浜市などでも見られる。愛知県名古屋市も2022年度から、全110校の市立中学校のうち30校で順次「教室以外の居場所づくり」を校内で始めている。市で予算を確保し、担任を持たない「居場所」専属の教員を配置。教室復帰のみを目指すのではなく、社会的自立につながるよう支援する。「専門職も交えて支援内容を決めることを基本としつつ、各学校や各生徒の実態に応じた運用をしていきます」と名古屋市教育委員会新しい学校づくり推進室の大杉周三氏は話す。
本人の社会的自立を目指して個に寄り添う、校内における新たな不登校支援が広がり始めている。
(文:田中弘美、編集部 佐藤ちひろ、注記のない写真:岡崎市立美川中学校提供)
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